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クリーンアップ

IMG_4407.png
↑空の写り方はもっとすきなのあったんだけど、電信柱のこのブレ方がなんか引っかかった。


最初に。
メイルしちゃうとなんだか返事を強制してるみたいで、
とか言って単にそれよりもうまい言葉をかける自信がなくて、だからここに書いてしまうんですが、
どうか元気になれますように。なってください。なってほしいです。

まぁこっち見てるかわからないんだけど。(当然、それも込みでこっちに書いてるってのもあるけど)




えーっとねーーーー最近、Twitterで追ってる人(フォローしてる人、だけではないんですが)が、
ぽつぽつ書いていたので、それを受けて…になるのかな、それにヒントをもらって、
自分の頭の中を整理してみた。
まぁその、続きに入れるような記事です。おんがくの話

そういうことをつらつらと書きたくなる時期よね。
秋だし、冬に向かってるし、もう11月12月がくるのよ。じゅういちがつ、そしてじゅうにがつ。こっわ。

えぇっと。


わたしがいわゆる"メインストリーム"を聴いていたのはもう10年も前のことで。

それが、まぁポルノだったりヤイコだったり、いまでも残ってるものもあるけど、
殆どについては、カラオケで友人が歌うのを聞いたり、
ときどきは一緒に歌えたり、ごくまれに入れてみたけど歌えなかった友人をわたしが先導したり。
もうそんな程度にしか残ってない。

たしかにそのころのわたしには、メインストリームしか知るすべがなかった。
まぁ…知るすべはあったのかもしれないけれどそれを用いようとはしなかった、
って面も多少はあるのかもしれない。
だけど、まずすきとか嫌いとか、わたしのその感覚自体が"メインストリーム"の中で生まれたもので。。。
身近で簡単に手に取れるそのなかに好みとあうものがあった、
それなのになぜ敢えて他までもみる必要があっただろうか。

ちなみに友人(、とかまぁ気になる子ちゃん的なひと)とのつながりとか、話題作りとか、
そういう手段として音楽を聴こうとはしてなかった、ようにおもう。
うん、たぶん当時から自分のためだった。
自分がたのしくなるため、なにか励まされるため、
うまく、美しく昇華されて描かれた曲と共感する(してもらう)ため、気持ちを増幅させるため、
そういう手段として音楽があった。わたしには。
でも、それらは少なくとも"メインストリーム"ではあったから、
ある程度の話は普通の(特定のファンでない)友人にもできた。みんな知ってたから。


そして10年後の今、2011年。
今の"メインストリーム"は、わたしからえらく遠いところにあるものになってしまった。
まぁ例外として…Perfumeは聴く。でもそれくらい、かなぁ
そして今更ながら、わたしはその乖離を嘆いている。すこしね。
それはふたつの意味において。ひとつは音がすきじゃないのに通い続けていること。
もうひとつはだれかと共有したい、そんな欲がほんっとに今更、湧いてくることがあること。

…はぁ。みんな、特に同年代の子たちはどんな音楽を聴いているのですか。
日本の音楽は聴くに堪えないのですか。それとももう音楽なんか聞かないのですか。


あ、ひとつめについては、うぅん…いまのかれらが"メインストリーム"だとはあんまり思えないけど、
でも常にそこを目指すようになっているとはおもう。


たぶん誰しもこの乖離に対しては無力で。
ただひたすらにすきな音楽を探しつづける、求めつづけるしかできなくて。


だけどここでふと思ったのが、
そりゃあ10年もあれば、"メインストリーム"もわたしの好みも少なからず変わるでしょう。
だからもう10年したら、
"メインストリーム"とわたしの好みだ一致する、重なる部分が増えることもあるかもしれない。
もちろんそれが10年先か20年先かはわからないけれど。
おそらくまだしばらく続くであろう(わたしはそういうことにしている)、人生のどこかで、
そういうこと、つまりわたしのすきな音楽が、目抜き通りを闊歩することがあるかもしれない。
…まぁそれはそれでいやになるんだろうな。苦笑


幸運なことに、いまのわたしにはすきな音楽を探し出してくる手段があるし、その意欲もある。
そうすれば、きっとどっかには見つかるってことを知ってる。
だからちいさい世界の中で、いつかなにかが理想の形になると心のどこかで信じて、
こうやって音楽を聴きつづけるんだとおもう。

なーんて言うほど狭い路地に迷い込んでるわけでもないんだろうな、わたしの好みは。まぁそれはそれで。