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into Dreamin'

あの頃をしってる君へ。 http://t.co/5I77J6rPlp
本人が書いたので・・・ http://t.co/0dSqGCLcUZ

ポンプちゃんは今日もブログを更新してるので、ぜひ読むことをおすすめします。


愛を込めてこう呼ばせてね…ポンプちゃん!お誕生日おめでとうございます・*。゜☆゜・。
50歳の記念にじゃあだれとライブがやりたいかって、そこであのチームでやりたいって言ってくれたことがうれしいです。
事情ははっきり知らないけれど、きっと「辞めた」って言うからには、なにかしらネガティブなものがあった…であろうにも関わらず。
そうか、そうなんだ、ぱぱんもそう思ってたんだ、うれしいなぁ

そんでもって、ポンプさんと一緒にレコーディングした曲を中心にしたセットリスト、
最後に新藤が選んだ"ヒット曲"が「Let's go to the answer」であったこと。うひょーーーーー
あの曲は、当時あのチームで、バンドとして演奏できてたからこそ生まれた、はじまった曲だと思うから。
新藤のギター、ポンプさんのカウントそしてドラム、そのあとのただすけのキーボード。これらにどれだけ胸躍らせていたか!
あと、あのメンバーは、74よりOMCよりロマポル'06より、"SWITCH"の印象が強かったからっていうのもある。
そのツアーで間違いなくだいじだった曲で。
あのときにあのメンバーでああいうツアーができたから、かれらはいまを含めた"その先"への一歩を踏み出せたんだとおもう。


そしてポンプちゃんの今日のブログを読んで、ただすけちゃん、やっぱりわたしは君がだいすきだ!
あの頃は君に夢中で、だいすきで、めろめろで、
でもふとそのことに、前のヴォーカリストでないひとを目当てにかれらのライブをたのしみにしていたことに
それはもう戸惑って後ろめたくなって苦しかった。それでもやっぱりすきなものはすきで。

2007.3.17 @ Zepp Fukuoka、アンコール最後の曲でハイタッチしてもらったこと(これはじめて書いたは)、
それは間違いなくあの頃のわたしの生きる糧になっていた。事実。そしていまでもまだはっきりと憶えている。

そんな「生きる糧」だなんて、あんだけすきになったからありえたことで。
あんなに大きなこととして捉えられたのは、あんだけすきになれたからで。
とにかくもう、あのときあのチームにああやっていてくれて、そしてそのハイタッチにももちろん、ほんとにありがとう。


そして話を戻して改めて。
ポンプちゃん、お誕生日おめでとうございます。
これからもまた会えると信じて、その日のためにもがんばるよ。