Dreamin' Dawn

たいがいまぁまぁのポエム

たとえ闇夜が二晩三晩 続いたとしても気になさるな

(記事タイトルは「祝い唄rep.」より。
本文中含めて歌詞や台詞はすべて聞き取ったもののため、言葉や表記間違いの可能性があります。お金は払うので歌詞集待ってます!!!>公式さん)


できればあとで追記したいけど、、、とりあえず形にしたい気持ちが勝ったので。
a new musical 「ヴァグラント」感想箇条書き。



念のために、前置きとして書いておきます。

わたしのプロフィール

ポルノグラフィティの20年来のファン(20年、って書いてびっくりした)
ミュージカルはド・初心者(子どものころに観た劇団四季以来、たぶん)
・個個の役者さんもほとんど存じ上げず……申し訳ないです。。。
 (玉置さんと平岡さんのお名前だけは存じ上げておりました)

今回の観劇は計5回
 東京3回、大阪2回(初心者、やりすぎでは…と思ったけど、杞憂でした。後述)
・お席は1階を1回(まさかの最前)、2階1回、3階3回。
 3階がA席になってる理由がよくわかった(この程度の初心者です) 


というわけで、5回観終わってごちゃごちゃにした感想を、いくつかのテーマに分けて置いておきます。どうぞお手やわらかに。。。
なお、以下にはミュージカル鑑賞経験のあるポルノファンの友人たちと、観劇後に話したからこそ出てきた感想も含まれます。いつも話して聴いてくれてありがとう。


* * * * * * *

新藤晴一さん要素

どうしても 探してしまう ポルノファン
最初はやっぱり音楽に着目してしまうけど、回を重ねるごとに、音楽以外の部分での"らしさ"も感じられるようになってきたと思う。

<オーバーチュア>

言うまでもなく。公開稽古のYoutubeを見ていたので、知っていたし聞いてはいたんですが。
音にめちゃ名前書いてた。なんなら照明も、ミラーボール回ってるのも、めちゃポルノだった。
そして冒頭にこれが入ることで、ポルノファンのミュージカルへの緊張感はすこし和らいだ。そういう効果を狙っていたのかはわからないけれど。

<「なんだ貴様!」>

2幕、署長室にヤマのみんなが殴り込んでいくシーン、最初に聞こえるこのひとこと。
…いきなりめっちゃ新藤さんの声で、初回は声出さずに笑ってしまった そしてとっさにおとなりさんの顔を見てしまった(動かないで)
しかしまぁ、そうなると新藤さん(仮)は留吉に殴られたということ…?

↓この新藤さんのシャツめちゃかわいい!

www.youtube.com

<“約束”>

ポルノファン(新藤さん詞世界のファンと言ったほうがいいかも)にはお馴染みの「約束」。
もちろん今回のお話で大事な「約束」は、幼馴染3人が「ヤマのみんなを幸せにする」と月に約束したことなんだけど。

それに対して…かしらん、ティザー映像でいうところの「どうでもいい約束」に気がついた大千穐楽
「貧乏は遺伝する」にて、お花をはじめとしたヤマの女たちの歌のなかに。
…正確な歌詞が思い出せなくて恐縮ですが、「もう飲まないと約束したのは 昨日」


www.youtube.com
(余談、いまこの映像を見ると、「マレビト」はかなり達観した立場にいるように見えるね)

…まぁこれはどこかにオチがあるわけでもないんですが。ただの気づき…もしなにか気づいたことがあれば教えてください。。。

<ポルノっぽいと思った曲(音楽)>

「生まれ落ちた場所」 AメロBメロサビの構成も、歌メロも
「命賭けるもの」 特にトキ子パートのうたい出し

このふたつが特にめちゃポルノっぽい、、、つまり個人的にめっちゃ気持ちよかったです。
(「生まれ落ちた場所」は板垣さんからの「新藤さんっぽい曲を」っていうリクエストを受けて書いた、ってどこかで聞いた)(曖昧)

ちなみに「生まれ落ちた場所」と「月への誓い」は同じメロディで歌詞、歌い手違いになってた…はず
たしか1コーラス目はアケミの「生まれ落ちた場所」、2コーラス目は政則と譲治の「月への想い」になってた…はず
この曲を"生まれ落ちた場所"がまったく違う3人が歌うのがすごいよなぁ

<「マレビトの矜持2」>

「♪親分の言うことにゃ人の心を覚悟なしに 覗いてはならぬらしい 魅入られてしまうから」
これって昨年秋、小説『ある男』の感想として新藤さんがライブのMCで言ってたことにつながるのかも。「自分の心を直接覗くのは危険だから、作品を通して体験する」

だからこそ「マレビトの掟」ではヒト様と関わってはならない、近づきすぎてはならないのかなぁ。
冠婚葬祭(「区切りをつける」場面)ってどうしてもその人の心がむき出しになりがちだから、あくまでも「芸」を通じて、一歩引いて関わるように、って。

<「丸をつけましょう」>

最後の「♪丸をつけましょう 俺が」という歌詞について。
初回、とりわけ曲に着目していたなかで最初に感じたのは、「OKを出す、肯定する」って意味だったんだけど。

あとから考えると、今回この曲を歌うマレビトの仕事が「ヒト様の人生に区切りをつける」ってことを踏まえると、
「♪丸をつける」は「句点を打つ、区切りにする」ってことでもあるんだよな、と思った。
「区切りをつけましょう、マレビトの俺が」って。
このダブルミーニングになってるところも含めて、めちゃめちゃ新藤さんっぽい。


そしてそこからもうすこし。
なぜ「OKにする」っていう意味を最初に感じたのかなと考えてみたところで、
過去の新藤さんの、そして岡野さんの発言(つまりポルノグラフィティの活動)からも伝わってきていたメッセージだったからかもしれないな、と。

新藤さんについては、パンフレットにも記載のある内容だけど、
「ライブに来たこの時間は日常を忘れて、たのしんでほしい、夢を見てほしい」って、これって過去にも言ってたんだよね(ソースを思い出せないけれど……)
そしてちょっと今回とはズレるかもしれないけれど…岡野くんでいうとまさにこれ、
ライブの最後のこの叫び。「自信持っていけー!」「胸張っていけー!」

そう考えると、新藤さん自身が今回の「マレビト」に自身を重ねているのかなと思った。
ここに来たら、たとえばライブに来るなり、音源や映像に触れるなりしてくれたら、その時間は俺たちが丸をつけるよ、って。
(パンフレットにもあった、板垣さんもそう感じてらしたそうで)

それでいうと今回のマレビトの歌詞(というか口上)もそう。「この世に極楽を見せましょう」って。
「人の世はなるほど地獄かもしれないが、そこに小さな極楽があれば、生きていける。それを生み出すのが、マレビトの誇り!」
ね、まさに新藤さん自身の誇りを謳っているように聞こえる。

■登場人物

<佐之助>

・過去

物心ついたときから周りの大人に殴られていた→限界がきた→気づいたら他人の血にまみれていた(記憶がない)→峠を歩いていて拾われた
 これってポルノの曲「カルマの坂」につながるところあるよなぁ。「坂/峠を1人で歩く」って、新藤さんのなかのなにかなのかも(曖昧)

夕暮れを待って剣を盗んだ。
重たい剣を引きずる姿は、
風と呼ぶには悲しすぎよう
カルマの坂を登る。
 「カルマの坂」より

・気持ちの変化

もともと「ヒトの正体を知りたい」という興味だけだったはずだけど、その気持ちにも変化があるように見えた。
そのきっかけは譲治じゃないかなと思ってて。なぜなら「人に上下はない」と考える譲治にとっては、マレビトも「人」で。
佐之助も、譲治に手を取られたことで、この場面ではじめてそのことに気がついたのかもしれない。
(その前にチサに触られて驚いていた=佐之助自身も最初はそう思っていなかった。でも譲治に手を取られて確信した?のかなぁ)

その後ヤマのみんなと坑内で働くことで、ヒト様に対して抱いている気持ちが「人に対しての興味」から、「この人たち(坑夫)への共感」に変わったのかも。
「俺たちだって(行きたいところに行く)自由もないし、祝儀は親分に取られちまってほとんど手元には残らねぇ、同じじゃねぇか」

だからあそこまで深入りするようになったのかなぁ。
(絵本を探したり花火を買ったり、果てはぼろぼろになるまで殴られる=これまではやってないし、実際に大きなダメージを受けてしまう。それでもそこまでするようになった)
ただ、「そこまでする」ことで、先述の「慣れてきた」っていう境地に到達できたんだろうかなぁ。

・「ヒトがこわい」

ヤマの騒動に巻き込まれていった後の桃風との会話「ヒトがこわいんじゃなくて、自分がこわいのかも」
最後にヤマを去るときの桃風との会話「まだヒトはこわい。でも慣れてきた」
…どちらも率直に、あ、わかる、って思ってしまった

・職業としての「マレビト」

佐之助は「マレビト」として成功するんだろうなと思った。
松のいうところの「マレビトの未来を担う男(ニュアンス)」という言葉に頷いている。
なぜなら、悩みながらも、結果としてすごくまっとうに仕事をしているように見えたから。それだけの覚悟ができているように見えたから。

だって最後の騒動の前、桃風に「ここからどうするかはあいつら(ヤマのみんな)次第だから」って言ってて、それってちゃんと「ヒト様」から一線を引いて、手を離せているんだよね。
そして最後の「祝い唄」(大団円)のときの抜けかた、去りかたを見たらさぁ。
桃風に先導されることもなく、自ら去って行っているように見えた。(オペラグラスを持ってなくて表情までは見えなかったのが残念)

その一方で、松と香はあの場に残る生きかたを選んだんだよな、「はぐれマレビト」として。
2人からすると、自分たちが“はぐれ”マレビトになったからこそ、佐之助の「マレビト」としてのまっとうさがよく見えるんじゃないかなぁ。

<桃風>

・変化

確実に変化してるよね、桃風。
わたし個人の受け取りかたの話ですが、佐之助の物語がこの作品の主軸だとして、その次の大きな軸は桃風のお話じゃないかなぁと思った。

具体的には、時系列で…

 冒頭の桃風「人は人、自分は自分」「明日の蚤の市でここともおさらばだ」

「サンバラムハラ」の場面:佐之助に言われたから、仕方なくトキ子に触れて力を使おうとする(未遂)

「今日もありがとう」の場面:譲治も佐之助も「マレビトも坑夫も同じ"人"」と言いはじめてびっくり
(マレビトを同じ「人」として受け入れている譲治にも、「ヒト様」に受け入れられている佐之助にもびっくり)

チサちゃんを見送る前の場面:佐之助がためらうなかでもトキ子を儀式に入れる
→「チサへのお願い」の場面:トキ子(チサの母?)によってチサが蘇ることで、人の「想い」の力を知る
→ヤマのみんなに手を握ってお礼を言われる

佐之助が殴られたあとの場面:佐之助の「ヒト様」を知りたいという気持ちの強さ、本気度を知る

健三郎が捕まった場面:マレビトの掟を破って、健三郎のことを自らヒト様に話す(健三郎に話させてもよかったはず)
→そしてトキ子に、親殺しの犯人を黙っていたことを自ら謝る
→トキ子が剣を仕舞って倒れた場面:自らトキ子に駆け寄り、ためらいなくトキ子に触れて力を使う

会長への暴動鎮圧に向かう前:佐之助に「お前に残された切り札はあとひとつだ!」
 =佐之助があとひとつ、ヒト様に対してなにか行動することを容認している(でもなぜ「ひとつ」だったんだろう)

政則がトキ子に気持ちを伝える場面:ヤマのみんな(ヒト様)の隣で一緒に見守る


そして最後の場面、佐之助との会話
・桃風「人様を大切にできなければ、自分を大切にできない」

漏れている部分もあるかもしれない…と添えつつも、こうして羅列してみると大きな変化だよなぁ。
「姉貴分」というからには、既に少なからず「マレビト」としてのキャリアもあるんだろうし。

そして最後のこの言葉、個人的にも本当にそのとおりだと思ってる、自分のしあわせは、周りのひとがしあわせでいてくれないと達成できないことを知っているから。
ここまで書いてみてやっぱり、わたし自身は今回の登場人物では「マレビト」側に惹かれているんだと思った。

<マレビト>

・「義姉弟」という設定

これは完全に想像だけど、佐之助と桃風の「義姉弟」という関係は、マレビトのトレーナー制みたいになってるのかも。
たとえば…新人が一人前になるまでは、親分の指示でペアを組まされる制度があって、それを「義姉弟」という関係で呼んでいる、みたいな。
ふたりもそこからはじまって、ともに過ごすうちに今の関係に至っているのかも。完全に想像ですが。

・元マレビト/はぐれマレビト

これはラジオ「カフェイン11」で松と香役のおふたりも話されていたけど、なぜふたりは「マレビト」でないのか。
台本には書かれておらず、稽古のなかで決めていった部分だったとのことで。

演出の板垣さんは「(マレビトのコミュニティから)追い出された。
やっちゃいけないことを松がやってしまった、売っちゃいけないものを売ってしまった。その結果、破門にされた」と解釈していた一方で、
俳優のおふたりは「自分たちで出ていった。しきたりがあまりにも多すぎる、親分に認めてもらうのがあまりにも大変なので、諦めた」という解釈だったそう。

そう言われるとなるほど、どっちにも取れるよなぁ…と頷いている。

<アケミ>

・変化

アケミにもがあるんだよね。
初登場時のソロ1曲目では「♪この世はジョーク」って歌って、店でのトラブルにも毅然と対応する、
署長室でのシーンでも「ママ」として気丈に振る舞っていたところで、
2幕終盤の大一番で「私は母さんとは違う!」「ヤマの女ってことよ!」宣言

そう思うと転換点は、きっとソロ2曲目の「生まれ落ちた場所」
政則に向けて歌っている歌でもあるけれど、アケミ自身に向けた歌でもあるんだろうなぁ。

・母

アケミも前半で「母」について語ってる…言葉は多くないけれど、想いを馳せてる場面があるんだよね。
最初の酒場での場面にて、トキ子が母の言葉「強くなりなさい」を語る
→アケミが留吉の質問を受けて、母について「いい女だったわよ」
→チサの「ねえお母さん」

そして2幕開けてすぐにトキ子の母(回想)「牙を剥きなさい」
→「♪チサ頑張りなって」
→佐之助「母親って娘に復讐を望むものなのかなぁ。だってさっき(チサの母として)言ってたじゃない、まだ(あの世に)来ちゃだめだって」

こうしてそれぞれの母に思いを巡らせるシーンを連続させていたのも印象的。これもひとつのテーマなのかなぁ。

<お花>

5回目の観劇にて感じた、お花ってすごくない?

・社長就任式に乗り込んでいく唯一の「ヤマの女」

どうやらカフェイン11の磯部さんゲスト回によると、最初はそうでなかったらしい。ほぉ。

・「貧乏は遺伝する」初回の前の登場シーンのセリフ、「わたしの夫で」

…「旦那」じゃなくて「夫」なんだよね。もっとも、この時代に「旦那」を使わないことにどれだけの意味があるかは掴めてないんだけれど

・「貧乏は遺伝する」の歌詞、お金があったらまず「♪子どもらに教科書を」

その前に「♪あんた(薄給な夫)のせいで食卓は寂しい」って歌ってもいるのに、優先順位は「(よいものを)食べさせる」より「教科書」が上なのか…!*1

・最初に佐之助に触ったのお花じゃない…?

チサちゃんがお人形に触ってるときに手拭いで佐之助を叩く→佐之助の足を踏む

そう考えると、あらすじにも「市民運動に目覚めたお花」とあるけれど、譲治の無産運動がいちばん響いていたのはお花だったのかなぁ。
「学校にも行けてない」ことをトキ子に言うときの言いかたも。「本当は行きたかったんだけどさ」って気持ちが伝わってきた。

関連していっこ気づいたことをメモしておくと、「読み書きを教えてくれないかな?」のところ、
BGMが「あんたに聞くよ」ピアノソロだった。「100年先のあんたに」聞きたい場面だったのかなぁ。



* * * * * * *


ダブルキャスト

観劇3回目にして佐之助ダブルキャストを拝見して驚いた。佐之助、主人公の違いがすごい。こんなに違ってもいいんだ。

<佐之助>

先に言います、わたしは平間壮一さんの演じる「佐之助」にひどく惹かれている。
それを前提として、それぞれの印象を書き出してみる。

・廣野佐之助

桃風の庇護のもとでわちゃわちゃやってる感じ 比喩としての犬っぽさがある
人との関わりかたは本当に無邪気というか、純粋な好奇心だけで関わっていってるように見える
でももちろん闇はある…し、繊細さはめちゃ伝わってくるけど、あっけらかんと忘れられるというか。だからそのぶん闇の深さも感じさせるというか。
「桃風、俺のこと好きなのか?」は冗談寄りな感じ

・平間佐之助

もう桃風とほぼ対等(のつもり)みたいな、バディ感ある
上記「佐之助」の項で書いた「マレビトとしての覚悟」は特に平間佐之助から感じた(後述)
人との関わりかた、いろいろわかったうえで敢えて無邪気に絡む感じ、ある程度は加減をみてやってる でもたぶんもともと笑顔は多い性質(性質?)
それでも襲ってくる過去の闇 それすら達観しているように見える、けどどうしても闇は深い

「桃風、俺のこと好きなのか?」は、本気で言ってるように聞こえた。いっそ佐之助が桃風に告白してるくらいの重みで、正直ドキッとした。
政則とトキ子の様子を見て、「好き」という気持ちを知る→もしかして桃風も好きだから一緒にいてくれるのか…?みたいな。

千穐楽、一段高くなったところから見下ろすように言うのがまたなーーーー
そうだもういっこ大千穐楽、「やまねこのおやこ」を歌ったあと、
座り込んだトキ子の手からすこし遠いところにあった剣を、ちょっと動いた拍子にさらっと取って、トキ子の手元に置く優しさにもぐっときた。


では具体的に、平間佐之助に惹かれた理由と、ぐっときたポイントを書いてみる。

・解釈の自由

わたしがなによりだいじだと考えている*2「作品の解釈は自由」という考えかたを、つくり手側がこんなに体現していることに驚いた。
そしてたぶん、だからめちゃめちゃ平間佐之助に惹かれている。

たとえば、聞き間違いだったら申し訳ないんだけれど…はじめて観劇した平間さん回(東京23日マチネ)、冒頭の佐之助の台詞でびっくりした。
「我らマレビト。」って聞こえたんだよね。(終わりは本来の「我らはマレビト。」だった)
ここって変えていいんだ…こんなに崩していいんだ……!


ほかにも、よく動くのは平間佐之助の特徴なのかも、と思った部分を以下に。

・笑顔の多さ

就任式の桃風とのやりとり ピシッと立てる(そう、“できる”んだよ、平間佐之助は)
そして最前列で拝見した感想、とにかく足首が…ほそい……

・とにかく座る

2幕頭でトキ子が苦しんで目が覚めたあと、トキ子の横に座って話をしようとする
そのあとチサちゃんを見送りかけるときも、横たわるチサちゃんの床にトキ子と同じように座る
事故のあとの騒動の犯人探しが始まったときに「俺が扇動した」と宣言するときも、
そのあと会長からトキ子に処罰を下すよう命が出たときも「俺をぶてよ!意気地なしが!」みたいに言って座り込む
最後の「丸をつけましょう 俺が」もそう、ど真ん中にどっしりと座り込む

お尻叩きがち

2幕頭だったか、トキ子をお尻で突き飛ばす(?)佐之助、告白の前には政則のお尻も叩く

そのほかいろいろ

(タイトルをつけるのが面倒になったわけではない)(…)

・「自分の人生、主人公はお前だろ」を客席でなく一人の坑夫に歌う平間佐之助

・幼馴染+留吉お花で暴動を止めに行くぞ!の話をしているとき、横のほうで松と香に花火を上げるときの手筈を仕込む佐之助

・たぶんだいぶ本来の位置(?)とはズレて動いていると思われるけど、たぶんこれまでの経験があるからこそ、どこで戻れば台本と勘定が合うかわかってる 勘所を掴んでる
「マレビトの矜持2」の吹っ飛ばされようがすごかった 普通に考えて、主役ってあんなに袖に行かないと思うんよ


ここまで挙げてきた「動き」について、完全に推測だけど…おそらく台本には書かれていない(おそらく)
つまり、たぶん平間さんの自由な“解釈”に基づく動きで、もっというとその動きはわたしには踊っているようにみえた。わたし踊るひとがすきなんですよね。


そんな「自由さ」を持つ平間佐之助だからこそ、本番の数を重ねてきたところで、
全体として重いテーマのなかで、意図的に取り入れはったのかもしれないな、というおもろ(笑い)部分

「社長さんヨォ!俺の身体、いくらで買うゥ〜?」←ちょっとお子様には見せられない感じの動き

・「サンバラムハラ」の前、トキ子に対して「あなた、眠れてないんじゃあ〜りませんか?」おもしろがってるのがおもろ

・最後の政則の宣言に対して「よっ!社長!!」のガヤ(そして横にいるのに止めない桃風の変化…!)


こういうところから、わたしは平間佐之助がすきなんだなぁ…と書いてみて整理できるところってあるよね。

<トキ子>

個人的には小南さんのトキ子がすきだったなぁ。歌い上げる感じがすきなんだろうかなぁ。
違いでいうと、小南トキ子はもう大人だった。政則の告白シーンも「うんうん」って頷きながら聞いてる感じがした。


* * * * * * *

■そのほかメモ

・「命賭けるもの」

水田さんが髪を振り乱して、なんなら涙を浮かべて歌っているのにぐっときた(1階1列での感想)

・幼馴染み3人の関係性

「命賭けるもの」の譲治のフレーズ「♪守りたいお前を」で、
譲治がトキ子のダイナマイトを奪って手を取ってた気がするのが気になった あれ、もしかして恋愛でいう三角関係…なの……?
譲治「♪守りたいお前を」「♪俺を信じたみんな!捕まるのは俺だけでいい」
政則「♪守りたいお前も」「お前ばかりカッコつけさせるもんか」
トキ子「♪剣では何もできない」「♪大切なものは多くないのに」

・トキ子の武器

剣なんだよね。小銃も普及しているはずなのに(政則と一緒にトキ子の元に駆けつけた取締隊員=トキ子の部下ですら小銃を持っていた)
背中を見るためにには、どうしても剣が必要だったのかなぁ。
それともトキ子のなかでは「牙を剥く」=あくまでも「剣を抜く、振り下ろす」だったのかなぁ。呪縛のような。

・健三郎

1幕最後の坑内での爆発のとき、とっととステージを横切る健三郎が印象的だった。
10年前だけでなく、今回の爆発にも絡んでいたことの暗示?それとも10年前を想起させるための暗喩?

もういっこ、どのシーンか忘れたけど…下手に捌けるとき
最初の数歩はパタパタと音を立てて足を引きずって歩いてたんだけど、たぶんそこで次の曲?セリフ?が入るから、
そこから先は音を立てずに、でも足は同じように引きずりながら去っていって すごい

グータッチ

千穐楽、気づいただけでもいろんなとこで見かけたぞ
「月の裏側」の子どもシーンで3人でグータッチ
佐之助&松&香で泣き真似からのイェーイからのグータッチ
告白に行く政則と、送り出す佐之助とのグータッチ

なおふたつめ、マレビトチームのグータッチがおもしろすぎたのでメモ(記憶でしゃべる)
松「佐之助死んじゃうかと思ったぜ😭」
佐之助「😭」
香「😭」

3人「パァ🤗🤗🤗」「イェーイ🤜🤛」
桃風「…イェーイじゃない」

・署長室

千穐楽、電話に出る前の署長は次第に咽せて笑いを取ってらした。あれは演技なのか、本当に咽せてらしたのか…?

・「あんたに聞くよ」

2幕の頭だったのはびっくりした
事前にカフェイン11で聴いて、「♪100年先のあんた」=観客(を含めたここにいるわれわれ全員)かなと思ってたけど
だからこそ最後に客席に投げかけるのかと思っていた

・「マレビトの矜持2」

(大千穐楽)最後「♪本当の自分に会えるといいな」を幼馴染3人に歌った直後に会長に殴られるって、わかる、わかるんだけど、残酷だよな

・ポップアップ

1幕後半(お花の「読み書きを教えてほしい」)でチサちゃんが座っている台と、2幕頭でチサちゃんが横たわる台、
最初に佐之助が迫り上がってくるポップアップなんだ…!盆が回るタイミングでするっと沈んでびっくり。


* * * * * * *

■難しかった部分

※初心者ならではの感想とご理解いただければありがたく。。。

うーん、初回の感想としては、掴みきれなかった気持ちは否めない。
登場人物が多かったのかなぁ。もちろん、このお話のためには全員が必要だったんだけれど…。

オリジナル作品で、ましてや時代背景も「大正時代」がベースになった作品だから、
プリンシパル(…合ってる?)それぞれについて説明(しないといけない)部分が多いのは、仕方ないんだろうなと想像してる。

ただ正直な感想としては、1回の観劇では掴みきれなかったという気持ち。
初回の幕間では「これ…ほぼストーリー進んでなくない…?設定の説明で終わった…?」と結構びっくりしてしまった。
(とはいえ初回で大筋は把握できた。これはわたしの理解力どうこうではなく、脚本としての精度が仕上がっていからだと思うんだけれど)


とくに「マレビト」について。もうすこし詳しく(事前情報含め)定義するか、設定を絞るか、してもよかったのかなぁ…と。

「マレビト」は完全にオリジナルの存在ではないけれど、たとえば折口信夫の「まれびと」とまったく同じものではないとのこと。
そしてそもそも、「まれびと」自体が現代日本に暮らす一般人にとってメジャーな存在ではない。
「まれびとってなに?」と訊かれて、さらっと説明できる人は少ないと思う。わたしもできない(予習はしたつもりだったけど…)

つまり、この作品における「マレビト」とはどんな存在(設定)なのか、おそらく観劇するまで客席側はわからない。
そうなるとどうしても設定は増えてしまうし、それだけ説明してくれていても疑問はたくさんあるんだよなぁ。気になる。

たとえば、マレビトの「親分会議」とはなんだったのか。。。言葉だけ出てきて中身がわからないから、めちゃめちゃ気になる。引っかかる。
今回のお話に設定として必要だったのかしらん。
たとえば「親分会議で承認されたら一人前のマレビトになれる」とか、重要な設定なんだとしたら、
事前情報としてあらすじに入れるとか、その重要性を説明するとか、あってもいいんじゃないかなぁ。

もちろん、そこを「解釈の余地」としてたのしむのが舞台作品の魅力だと教えてもらって、とてもたのしんでいるところではあるけれど(それはもう上記のとおり)
ちょっと混乱のほうが強かった、特に初回は。

そしてそんな語るべき存在がいるからこそ、ヤマ側にも語るべき人物が多くいるように感じてしまったかも。みんな魅力的だからこそ、もったいない気持ちにすらなってるな。。。



* * * * * * *



ここまで書いてきたところで、ミュージカルってこんなに解釈のたのしみを味わえるのかと驚いてる。
いつも新藤さんの作品に触れる≒ポルノのライブに行くときには、「すきな曲が聴けた」「このバンドメンバーだからこんな音が聴けた」というたのしみを味わっているんだけれど、おたのしみはそのほかにもあって。
たとえばセットリストの流れとか、ツアーのテーマとか、ヘソとして届けたいのはどの曲だろうとか。そういうのを"解釈"するのが大きなたのしみで。

そう考えると、ミュージカルには作者の解釈をたのしめる要素がさらにたくさんあるんだなと。
たとえばストーリー、時代や場所の設定、キャラクター、歌詞、曲、セリフ、照明などなど。
そんなところまで、こちらに解釈を委ねてもらえるのか、と。意外でした。
(当然ながら、受け手の解釈が許容される幅は作品によって違うのだろうけれど。「ミュージカル」ってもっとギチギチだと思ってた)

ましてや新藤さんのオリジナル作品となるとなおさら、
かれの作品ならではの要素は、もしかしたらわたしがこれまでに触れてきた新藤さんの作品≒ポルノのライブ以上にたくさん詰め込まれてて。
つまり、解釈させてもらえるポイントがたっくさんあって。

さらには上映中だけでなく、パンフレットやらあらすじやらオフトークやら、なんならいくつかは上に書いたとおり、明言されていない部分を想像することのたのしさたるや!至福ですよね、、、


というわけで、「ヴァグラント」満喫させてもらいました。
ここまで書けるくらい、わたし、新藤さんの作品がすきなんだなぁ…と気づかされている。
つまり、「次」があるときにはきっと伺うし、その前にこの作品もパッケージ化(映像も音源も!!)してくれたらな、と思ってやまない今日このごろ。


ここまで読んでくださってありがとうございました!

*1:これは聞き取れていないだけかもしれない

*2:そしてそれはだれでもない「ヴァグラント」原案の新藤晴一さんに教えてもらった